給与明細を出さないのは労働基準法違反だと思って調べていた。
実は根拠の法律が違うので、探す場所を変える必要があります。
給与明細を渡す義務の根拠は労働基準法ではなく、所得税法231条1項です。
交付しなかった場合には、所得税法242条7号に1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が置かれています。
従業員が税務署に出せる「給与支払明細書不交付の届出」も、この231条を根拠にした手続です。
この記事では、届出の中身、義務の根拠が3つの法律に分かれていること、書くべき項目、夜の店で扱いが分かれる場面を整理します。
読み終えたら、店として何を根拠に何を渡す義務があるのかがはっきりします。
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給与支払明細書不交付の届出とは何か
これは国税庁が案内している法定の手続です。
手続の番号はF5-5で、法定調書関係に分類されています。
出すのは店ではなく、明細書をもらえなかった側です。
出せるのは交付されなかった受給者
国税庁の案内は、手続対象者を「給与支払明細書を交付されなかった受給者」としています。
提出時期は随時、提出先は納税地等を所轄する税務署長です。
手続根拠として挙げられているのは所得税法第231条です。
e-Taxでも、書面を持参・送付する方法でも提出できます。
再発行はこの手続の対象外
案内には次の一文があります。
給与支払明細書が支払者から交付されない場合の手続です。既に交付された給与支払明細書の再発行については、この手続の対象外です。
国税庁 F5-5 給与支払明細書不交付の届出手続
一度渡していれば、紛失による再発行の依頼はこの届出の対象になりません。
渡した記録を残しておけば、話がここで整理できます。
給与支払明細書の交付義務は労働基準法ではない
ここが最もよく取り違えられる部分です。
義務の根拠は1つではなく、3つの法律に分かれています。
それぞれ求めているものが違います。
| 法律 | 求めていること |
|---|---|
| 所得税法231条1項 | 支払明細書を交付する |
| 健康保険法167条3項/厚生年金保険法84条3項 | 保険料の控除額を通知する |
| 労働基準法108条 | 賃金台帳を調製する(交付ではない) |
所得税法231条1項が交付を求めている
居住者に対し国内において給与等、退職手当等又は公的年金等の支払をする者は、財務省令で定めるところにより、その給与等、退職手当等又は公的年金等の金額その他必要な事項を記載した支払明細書を、その支払を受ける者に交付しなければならない。
所得税法231条1項
主語は「支払をする者」なので、法人でも個人事業主でも同じです。
従業員の人数による除外もありません。
労働基準法にあるのは台帳をつくる義務
労基法108条は、事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金支払の都度遅滞なく記入することを求めています。
作る義務であって、本人に渡す義務ではありません。
保存期間は109条で5年です(附則により当分の間3年)。
賃金台帳には労基則54条1項6号により深夜労働時間数の別記が必要なので、夜の店では特に欄が足りなくなりがちです。
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社会保険料は別の条文が通知を求めている
健康保険法167条3項と厚生年金保険法84条3項は、同じ文言でこう定めています。
事業主は、前二項の規定によって保険料を控除したときは、保険料の控除に関する計算書を作成し、その控除額を被保険者に通知しなければならない。
健康保険法167条3項
所得税法231条が求めているのは所得税の額までなので、社会保険料の控除額はこちらが根拠になります。
実務では給与明細1枚にまとめることで、両方を満たす形にしています。
給与支払明細書に書く項目
記載事項は所得税法施行規則100条1項にあります。
条文が挙げているのは意外に少ない項目です。
そして交付の時期も条文に書かれています。
施行規則100条1項が挙げる項目
- その支払に係る給与等の金額
- 源泉徴収された所得税の額(222条により控除された金額を含む)
- 191条により還付した金額
- 定額減税として控除した給与特別控除額(租税特別措置法41条の3の7第3項)
交付の時期は条文の言葉で「その支払の際」です。
後でまとめて渡す形は条文の求めるところと違います。
手渡しでも日払いでも、支払のたびに渡すことになります。
電子データで渡すには本人の承諾が要る
231条2項は、支払を受ける者の承諾を得て、電磁的方法により提供できるとしています。
ただし同項ただし書により、本人から請求があったときは書面で交付しなければなりません。
アプリで見せる運用にしていても、紙をくれと言われたら断れないということです。
給与支払明細書を交付しないと罰則がある
ここは条文を開かないと分かりません。
所得税法242条が罰則を並べていて、そのなかに231条が入っています。
2つの号に分かれている点も押さえてください。
242条7号と8号
242条の柱書は1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。
- 7号:231条1項の支払明細書を交付せず、または偽りの記載をして交付した者(電磁的方法で偽りの事項を提供した場合を含む)
- 8号:正当な理由がないのに231条2項ただし書による書面の交付をしなかった者
8号があるので、電子交付に切り替えたあと紙の請求を無視することも対象になります。
源泉徴収票を交付しない場合は同条6号です(源泉徴収票がもらえないとき)。
夜の店で給与支払明細書の扱いが分かれる場面
最後に、この業種で判断が分かれるところを挙げます。
いずれも「給与かどうか」で結論が変わります。
そこを取り違えると、必要な書類が丸ごと変わります。
業務委託のキャストは231条の対象ではない
231条1項の対象は給与等、退職手当等、公的年金等です。
報酬として支払っているなら、この支払明細書の交付義務はかかりません。
ただし所得税法204条1項6号のホステス報酬には源泉徴収義務が残ります。
そして税務上の処理をどうしたかで労働者性の判断が決まるわけではありません(キャバクラの業務委託)。
乙欄・丙欄でも交付義務は同じ
扶養控除等申告書の提出がない人は乙欄、日雇いは丙欄で計算します。
どの欄で計算していても、給与であれば231条1項の交付義務は変わりません。
掛け持ちの多い店ほど乙欄の人が増えるので、明細の枚数も増えます。
欄の選び方は扶養控除等申告書の書き方にまとめています。
現金で手渡している店でも、明細を交付する義務は変わりません。手渡しの店に残る義務はスナックの給料手渡しにまとめました。
まとめ|給与支払明細書不交付の届出で外さない点
最後に要点を並べます。
- 届出を出すのは交付されなかった受給者。根拠は所得税法231条、手続はF5-5
- 再発行はこの届出の対象外。渡した記録があれば話が整理できる
- 交付義務の根拠は労基法ではなく所得税法231条1項。労基法108条は賃金台帳を作る義務
- 社会保険料の控除額は健保法167条3項・厚年法84条3項が通知を求めている
- 記載事項は施行規則100条1項。交付の時期は「その支払の際」
- 電子交付には承諾が必要で、書面の請求があれば断れない(231条2項ただし書)
- 交付しなければ1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(242条7号・8号)
- 業務委託の報酬は231条の対象外。ただしホステス報酬の源泉徴収義務は残る
明細を出していない状態は、届出を出されるまで表に出ません。
渡していないことに気づいたら、さかのぼって整えるほうが早く済みます。
明細をもらえない側の対処は給与明細がもらえないときで扱っています。
源泉徴収した所得税の納付期限は源泉所得税の納期の特例で整理しています。
この記事は条文と国税庁の公表資料をもとにした一般的な整理です。
給与か報酬かの判断は個別の事情で結論が変わるため、具体的な処理は所轄の税務署または税理士に確認してください。
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