昼の仕事をしながら週2日だけ入っているスタッフに、社会保険の話をどう説明すればいいか分からない。
掛け持ちは、店の側も本人も判断が止まりやすいところです。
ダブルワークの社会保険は、勤務先ごとに加入条件を判定し、両方で該当したときだけ保険料を按分します。
合算して判定するわけではないので、片方だけで条件を満たさなければ、そこでは加入しません。
両方で該当した場合は、本人が「二以上事業所勤務届」を10日以内に出す必要があります。
この記事では、加入条件の判定、届出の出し方、保険料がどう按分されるのかを順に整理します。
読み終えたら、自分の店がそのスタッフについて手続きをする側なのかどうかが分かります。
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ダブルワークの社会保険は勤務先ごとに判定する
最初に全体像です。
社会保険(健康保険・厚生年金保険)に入るかどうかは、その事業所での働き方だけを見て決まります。
他の勤務先の時間や給料は、加入するかどうかの判定には関係しません。
- 判定は店ごと。A社で条件を満たすか、B社で条件を満たすかを別々に見る
- 1か所だけ満たす → その1か所だけで加入。もう一方では何もしない
- 2か所とも満たす → 2か所同時に被保険者になり、本人が届出をする
- どちらも満たさない → 国民健康保険・国民年金のまま
合計では入れない
「掛け持ちで合計30時間働いているから社会保険に入れますか」という質問をよく見かけますが、合計では入れません。
週15時間ずつの2か所は、どちらの店でも条件を満たさないので加入対象にならない、という結論になります。
ダブルワークで社会保険に入る条件は2通りある
では、その「店ごとの条件」とは何かです。
ルートは2つあります。
昔からある4分の3基準と、あとから追加された短時間労働者の基準です。
どちらか一方に当てはまれば被保険者になります。

1つめは「4分の3基準」
厚生年金保険法12条5号は、1週間の所定労働時間が同じ事業所の通常の労働者の4分の3未満、または1か月の所定労働日数が通常の労働者の4分の3未満の短時間労働者を、一定の場合に被保険者から外しています。
裏返すと、週と月のどちらも4分の3以上あれば、そこで被保険者になります。
通常の労働者が週40時間の店なら、週30時間以上が目安です。
この基準に学生かどうかは関係ありません。
昼は学生でも、夜の店で週30時間以上働いていれば対象になります。
2つめは「短時間労働者」の基準(従業員51人以上の会社)
4分の3に届かなくても、次の要件をすべて満たすと被保険者になります。
厚生労働省の資料では4つの要件として整理されています。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 労働時間 | 週の所定労働時間が20時間以上 |
| 賃金 | 所定内賃金が月額8.8万円以上(いわゆる106万円の壁) |
| 企業規模 | 勤め先の従業員数が51人以上(厚生年金保険の被保険者数で数える) |
| 学生 | 学生ではないこと(休学中・定時制・通信制などは対象になる) |
雇用期間の見込みも要件に入る
雇用期間についても、フルタイムの人と同じく2か月を超えて雇用される見込みが必要です。
この5つのうち1つでも欠けると、このルートでは加入しません。
2026年10月に「月額8.8万円」の要件が撤廃される予定
この賃金要件は、なくなる方向で動いています。
厚生労働省の資料(令和8年1月作成)に「賃金要件(いわゆる年収106万円の壁)は令和8(2026)年10月に撤廃予定」と明記されています。
全都道府県の最低賃金が時給1,016円を超え、週20時間働けば自動的に月額8.8万円以上になるため、という理由です。
企業規模要件も段階的に縮小されます。
同じ資料に載っているスケジュールは次のとおりです。
| 時期 | 対象になる従業員数 |
|---|---|
| 現在 | 51人以上 |
| 令和9(2027)年10月から | 36人以上 |
| 令和11(2029)年10月から | 21人以上 |
| 令和14(2032)年10月から | 11人以上 |
| 令和17(2035)年10月から | 10人以下 |
いずれも「予定」の段階を含みます。
実際に適用されるかは施行日に確定するので、加入・非加入の判断は日本年金機構か年金事務所に確認してください。
個人経営の店はそもそも社会保険の適用事業所ではない
ここが夜のお店で最も見落とされる点です。
掛け持ち先が個人経営のスナックやバーなら、条件以前に、店が社会保険の適用事業所ではありません。
この場合は何人雇っていても加入の話になりません。
厚生年金保険法6条1項1号は、常時5人以上の従業員を使用する事業所のうち適用対象となる事業を限定列挙しています。
物の製造、土木建築、鉱物の採掘、運送、物の販売、金融、教育、医療……と並んでいますが、飲食業・接客娯楽業はこの列挙に入っていません。
健康保険法3条3項1号も同じ並びです。
| 店の形態 | 社会保険 | 根拠 |
|---|---|---|
| 個人経営の飲食店・接客業 | 強制適用にならない(任意で加入する道はある) | 厚年法6条1項1号の列挙に飲食業が無い |
| 法人(株式会社・合同会社など)の店 | 従業員1人でも適用事業所 | 厚年法6条1項2号「法人の事業所であつて常時従業員を使用するもの」 |
つまり法人成りしているかどうかで結論がひっくり返ります。
ママが代表者として報酬を受けている法人の店なら、代表者本人も被保険者です。
個人経営の店で働く分については、昼の勤務先だけで加入し、夜の分は2か所同時加入になりません。
税金のほうの掛け持ちの扱いはダブルワークの確定申告に分けてまとめました。
ただしこれは2029年9月までの話です。
令和7年の年金制度改正法で、常時5人以上を使用する個人事業所は2029年10月から適用対象になります(2029年10月時点で既に存在する事業所は当分の間、対象外)。
店側から見た負担の変化はスナック経営が厳しい理由に整理しました。
個人事業として人を雇うときの全体像は個人事業主が従業員を雇うときの手続きで整理しています。
社会保険に2か所で加入したら二以上事業所勤務届を出す
2か所とも条件を満たしたときは、届出が要ります。
そして、この届出を出すのは店ではなく本人です。
ここを店側が代わりにやると思い込んでいて、誰も出していないという事故が起きます。
健康保険法施行規則37条は「被保険者は、同時に二以上の事業所に使用されるに至つたときは、十日以内に……届書を厚生労働大臣又は健康保険組合に提出しなければならない」と定めています。
厚生年金保険法施行規則2条も同じく「被保険者又は七十歳以上の使用される者は……十日以内に……届書を、機構に提出しなければならない」です。
義務の名宛人が被保険者本人になっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 届書の名称 | 健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届 |
| 提出する人 | 被保険者本人 |
| 期限 | 事実発生から10日以内 |
| 提出先 | 選択した事業所の所在地を管轄する事務センターまたは年金事務所 |
健康保険証をどちらから受けるかを選ぶ
「所属選択」とついているのは、健康保険証をどちらの保険者から受けるかを本人が選ぶからです(健康保険法7条、同施行規則1条の3)。
片方が健康保険組合、もう片方が協会けんぽというときは、どちらか一方を選びます。
ダブルワークの社会保険料は合算して按分される
2か所同時加入になると、はじめて足し算が出てきます。
標準報酬月額は2か所の報酬を合算して1つ決め、そこから出た保険料を、各店の報酬額の比で分けます。
健康保険法44条3項と厚生年金保険法24条2項が合算を、健康保険法施行令47条と厚生年金保険法施行令4条が按分を定めています。
実際にいくらになるか(厚生年金で計算)
昼の勤務先で月20万円、夜の店(法人)で月8万円、どちらも加入条件を満たしている場合で計算します。
厚生年金の保険料率は千分の183.00で全国一律です(厚年法81条4項、平成29年9月以後の月分)。
- 報酬月額を合算 … 200,000円 + 80,000円 = 280,000円
- 標準報酬月額を決定 … 270,000円以上290,000円未満なので第18級・280,000円(厚年法20条)
- 保険料額 … 280,000円 × 18.3% = 51,240円
- 本人負担はその半分 … 25,620円
- 各店の報酬額の比で分ける … 昼 20万/28万、夜 8万/28万
| 勤務先 | 報酬月額 | 本人が給与から引かれる額 | 店が負担する額 |
|---|---|---|---|
| 昼の勤務先 | 200,000円 | 18,300円 | 18,300円 |
| 夜の店 | 80,000円 | 7,320円 | 7,320円 |
| 合計 | 280,000円 | 25,620円 | 25,620円 |
見どころは「昼だけで働いていた場合と比べていくら増えるか」です。
昼の20万円だけなら標準報酬月額は200,000円(第14級)で、本人負担は18,300円。
夜の8万円が乗ることで、本人負担は月7,320円増えます。
そしてその増えた分は夜の店の給与から引かれます。
健康保険料は都道府県ごとに率が違うので、金額は協会けんぽの保険料額表で確認してください。
合算して決めて按分するという考え方は健康保険も同じです。
40歳以上65歳未満の人は介護保険料も乗ります。
雇用保険のダブルワークは原則1社だけ
雇用保険は社会保険と考え方が違います。
2か所で条件を満たしても、両方では入りません。
掛け持ちで両方から雇用保険を引かれていたら、どちらかが誤りの可能性があります。
まず雇用保険法6条1号で週の所定労働時間が20時間未満の人は適用除外です。
20時間以上の勤務先が2つあるときは、厚生労働省の業務取扱要領(20352)に「同時に2以上の雇用関係にある労働者については、当該2以上の雇用関係のうち一の雇用関係(原則として、その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける雇用関係とする)についてのみ被保険者となる」とあります。
主たる賃金を受けているほう1つだけです。
65歳以上だけは合算できる(マルチジョブホルダー制度)
例外が1つあります。
雇用保険法37条の5の特例で、65歳以上の人は2社の時間を合算して加入できます。
要件は条文にそのまま書かれています。
- 2以上の事業主に雇用される65歳以上の人であること
- 1つの事業所での週の所定労働時間が20時間未満であること
- 2つの事業所の週の所定労働時間の合計が20時間以上であること(各社5時間以上/雇用保険法施行規則65条の7)
この制度も本人が厚生労働大臣に申し出る形で、申し出た日から被保険者になります。
店が勝手に手続きするものではありません。
店がダブルワークのスタッフを雇うときの実務
ここからは店側の話です。
掛け持ちのスタッフが多い業態ほど、社会保険と源泉徴収の扱いを分けて考える必要があります。
迷いやすい4点をまとめます。
- 加入判定は自店の勤務だけで行う。他店の勤務時間を聞き取って合算する必要はない
- 二以上事業所勤務届はスタッフ本人が出す。店は届出後に通知を受ける側。10日以内であることは伝えておく
- 保険料は按分された額を控除する。自店の給与額だけで計算した保険料とは一致しない
- 源泉所得税は社会保険とは別の話。掛け持ちで他店に扶養控除等申告書を出しているなら乙欄になる
4つめは金額の影響が大きい箇所です。
扶養控除等申告書は1か所にしか出せません(所得税法194条1項)。
詳しくは扶養控除等申告書の書き方と、乙欄の人の年末調整で書いています。
給与計算全体の流れは給与計算のやり方にまとめました。
なお、社会保険に入っていない働き方でも税金の申告は別に必要になることがあります。
夜の仕事の申告については夜職の確定申告で、還付になる場合・納付になる場合を実額で試算しています。
まとめ|ダブルワークの社会保険で外さない点
- 加入の判定は勤務先ごと。2か所の労働時間を合算して判定はしない
- 条件は2通り。4分の3基準か、短時間労働者の基準(週20時間・月8.8万円・51人以上・学生でない・2か月超の見込み)
- 月額8.8万円の賃金要件は2026年10月に撤廃予定。企業規模要件も2035年10月まで段階的に縮小される
- 個人経営の飲食店は適用事業所ではない。法人なら従業員1人でも適用事業所
- 2か所とも加入したら、本人が10日以内に二以上事業所勤務届を出す(健保則37条・厚年則2条)
- 保険料は合算して決め、報酬額の比で按分する(健保令47条・厚年令4条)
- 雇用保険は原則1社だけ。主たる賃金を受けるほうで加入する。65歳以上のみ合算の特例がある
- 社会保険と源泉徴収は別の判断。扶養控除等申告書は1か所にしか出せない
店側から見た加入条件は飲食店の社会保険の加入条件で扱っています。
この記事は一般的な整理です。
通常の労働者の所定労働時間、契約の内容、店の形態によって結論が変わります。
加入するかどうかの最終的な判断は、所轄の年金事務所や健康保険組合、社会保険労務士に確認してください。
制度は年度で変わるため、数字は必ず最新の一次情報で確認してください。
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この記事で参照した一次情報
- 健康保険法(3条3項・7条・44条3項・161条4項)
- 厚生年金保険法(6条1項・12条5号・20条・24条2項・81条4項、附則17条)
- 健康保険法施行規則(1条の3・2条・37条)/厚生年金保険法施行規則(1条・2条)
- 健康保険法施行令(47条)/厚生年金保険法施行令(4条)
- 雇用保険法(6条・37条の5)/雇用保険法施行規則(65条の7)
- 日本年金機構 複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き
- 厚生労働省 社会保険適用拡大特設サイト 社会保険加入の要件
- 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント(令和8年1月作成・PDF)
- 厚生労働省 雇用保険に関する業務取扱要領(適用関係・PDF)(20352)
- 全国健康保険協会 都道府県毎の保険料額表

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